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  こちらは、旧営団マーク。すっかり東京に溶け込んでいたマークも3月31日で役目を終えた |
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  新しく導入された駅番号。番号で、駅を指定することによって、外国人の方や観光者の方にわかりやすくするのがその狙いとか |
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4月1日に営団地下鉄が東京メトロになった。これは、帝都高速度交通営団が、完全民営化の第一歩として、東京都と国が株主の特殊法人「東京地下鉄株式会社」になり、それに伴い愛称が、東京メトロになったからである。
そもそも、東京には、東京メトロ(営団地下鉄)と都営地下鉄という、2つの地下鉄運営会社がある。この2つの地下鉄運営会社があることは、東京の戦前の資本主義ダイナミズムと、戦後の公共事業を語る上で、重要なキーワードだ。
今回は、東京、そして、東京メトロを語る上で外せない、東京の地下鉄の歴史をインディケ!
■ 戦前の資本主義ダイナミズムの果てに出来た営団地下鉄 東京メトロの前身、営団地下鉄の発足のきっかけになったといわれるのは、戦前の東京地下鉄道(現銀座線浅草〜新橋)と東京高速鉄道(現銀座線新橋〜渋谷)の対立にあると言われている。
東京地下鉄道は、日本における地下鉄の祖といわれる早川氏によって作られた地下鉄会社であり、また、日本で初めての地下鉄となる、1927年、浅草〜上野間の地下鉄開通を成功させた会社である。
そして、東京地下鉄道は、当時の東京経済界に多大なる影響を発揮していた東急グループの五島氏によって設立された会社であり、東京で、2番目に出来た地下鉄運営会社でもあった。
この2社が、戦前の東京に置いて、東京の地下鉄の覇権を争い、株の買占めやそれに対する対抗措置等の資本主義ファイトを繰り広げたという事実がある。
事態を重く見た戦前の日本政府が、公共性の高い地下鉄の整備・発展を推し進める為にも、政府主導で帝都高速度交通営団法を成立させ、帝都高速度交通営団が設立したという経緯がある。
つまり、戦前の東京の資本主義ダイナミズムを語る上で、東京メトロの前身、営団地下鉄は欠かせないのである。
■ 戦後の管轄争いの中で生まれた都営地下鉄 東京メトロの前身、営団地下鉄が資本主義ダイナミズムの結果として出来たとすると、都営地下鉄はその対極に当たるだろう。
都営地下鉄が出来た経緯としては、戦後の東京において、地下鉄運営の主導権を取りたいという「官」、つまり、東京都の思惑が強く働いて出来たといわれている。
東京都は、戦後の復興の中で、「地下鉄は公益性の高いものであり、巨額の資金を必要とすることから、公営化するべきである」という論を展開していった結果、地下鉄建設の許可が下りたという経緯がある。しかし、裏には、地下鉄という東京のビックプロジェクトに置いて、主導権を取りたいと考える「官」、つまり、東京都の思惑が強く働いていたといわれている。
しかし、東京メトロの黒字体質とは違い、都営の都営地下鉄は慢性的な赤字体質で、巨額な投資を行って作った大江戸線がさらにネックになり、膨大な累損を構築している。
このことは、東京だけではなく、戦後のお役所の管轄争いで作られた他の事業体も含めて、公共事業の象徴ともいえよう。
■ 東京人の東京メトロの使い方 さて、東京人にとっては、営団地下鉄が、東京メトロになって、嬉しいのは、デートに誘いやすくなったということ。
・地下鉄に乗って、映画を見に行こう なんて言っても、ムードがないが、
・メトロに乗って、シネを見に行こう といえば、なんかロマンティック。
シネを見た後は、お腹もすいたので、チャイニーズ・クイジーヌを食べに行こうということだ。まちがっても、近所の中華料理屋にいこうではない。愛において、言葉は、重要なファクターである。
ちなみに、東京メトロの車内では、地下鉄の歴史を語るのは止めたい。鉄ちゃんというレッテルを貼られかねないからだ。
関連タグ:東京メトロ,浅草,2004年4月UPコンテンツ
紹介した東京スポット銀座線浅草駅(東京地下鉄発祥の値) 地下鉄銀座線 浅草駅
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