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大崎ゲートシティーのある大崎は、山手線の駅の中で1、2を争うマイナーな駅であった。少なくとも大崎ゲートシティーが出来るまでは、、、
今現在、山手線ゲームを「山手線の駅名」で実施すると、一番出にくい駅名は、「鶯谷(うぐいすだに)」かも知れない。しかし、大崎は、今も、渋谷、恵比寿、目黒、五反田、品川と言った並びの中では、影の薄さは否めない。
しかし、その大崎に立地する大崎ゲートシティーは、東京都の計画の中で定められている「副都心」なのである。そして、大崎ゲートシティーは、東京都・品川区が、共同で再開発を積極的に推進してきた東京南部の再開発の期待の星でもある。
しかしながら、その人気度は、駅で3つほど離れた恵比寿ガーデンプレイスや、同じ品川区内の再開発スポットである品川駅東口地区とは、雲泥の差がある。
今回のインディケ!は、そんな大崎ゲートシティーである。
■ もともと大崎には何があったのか? 再開発と聞くと気になるのは、もともとそこに何があったか?ということ。
この大崎は、もともと目黒川の傍ということで、品川などと共に、戦前から工場街として発展してきた。
しかし、環境汚染などが1960年代後半を通じて、徐々にクローズアップされ、東京の中心部に近い大崎の生産施設(工場)を郊外に移転して、研究開発部門が集積する都市型工業地を目指すという方向性が、1970年代半ばに品川区より打ち出された。
これが、大崎を副都心へ、大崎ゲートシティーへと進化させる契機となった。
■ ゲートシティー大崎とは? この大崎駅の東口は、2段階に分けて開発された。地権者との調整の容易さから、駅により近い区画(大崎駅東口第1地区)が先行して開発され、1987年に「大崎ニューシティー」としてオープンした。
そして、ゲートシティー大崎がある区画は、大崎駅東口第2地区と呼ばれ、大崎駅東口第1地区より地権者の数が多かったことからその再開発の調整作業が難航したが、1999年にオープンした。
ゲートシティー大崎は、 ・ イーストタワー、ウエストタワーと呼ばれる、オフィス用途の2つの24階建のツインタワー ・ ゲートシティプラザと呼ばれる商業施設 ・ 住居棟等 などから構成される。
ゲートシティー大崎の特徴としては、象徴となるタワー棟のビルの高さが低いことである。最近の再開発では珍しい、30階以下である24階建である。しかし、高さを抑えたことで、ワンフロアあたりの面積を広くし、入居する企業の利便性を高める設計となっている。デザインは、多角形を組みあわせたデザインとなっている。
設計は、日建設計、企画・運営は、三井不動産が行っている。
■ でも「パンチ」が足りないな 冒頭で述べたように大崎は、「町」としてのパンチに欠ける印象を持つ人は多いだろう。との計画で副都心と位置付けられた、大崎と最近オープンした、品川駅東口では、その盛り上がり方に雲泥の差があることは否めない。
そこで、次週にゲートシティー大崎の隠れた必見スポットを解説したい。
関連タグ:再開発,超高層ビルin東京,大崎,2004年5月UPコンテンツ
紹介した東京スポットJR線 大崎駅 徒歩2分(駅直結です)
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