|
7月31日に、東京に激震が走った。エイベックスの専務取締役で音楽プロデューサーの松浦真在人氏(MAX松浦氏)が辞任したのである。
浜崎あゆみのプロデュースばかりが注目されるMAX松浦氏であるが、もっと東京で、その手腕として注目されていいと感じるのは、エイベックスの爆発的な成長の1段目のロケットといわれる「ディスコ・コラボレーション・コンピレーション・CDシリーズ」である。
90年代初頭、当時レーベルとしては、インディーズであり、ほぼ無名であったエイベックス。このエイベックスを押し上げたのが、このディスコとコラボレーションしたコンピレーションのCDである。
■ 東京のディスコブームの最後章に放ったヒット 90年代初頭、東京は、ディスコブームの最終章を迎えていた。当時、東京で大ヒットしていた大箱ディスコ「ジュリアナ・トウキョウ」は、お立ち台、ボディコンなど、数々の社会現象を生み出した。
そして、このエイベックスの躍進のきっかけになったのが、この「ディスコ・コラボレーション・コンピレーション・CDシリーズ」である、「ジュリアナ・トウキョウ」シリーズ。CDを買えば無料の招待券も付いてくる仕組みのこのCDシリーズは、企画版ながら、大ヒットとなった。知る人ぞ知るレーベルであったエイベックスも、このヒットにのって大躍進した。
お金が大量にかかっているアイドル洋物より、ダンスミュージックのほうが利益が取れたことも推察され、ここでの資金が、エイベックスの成長の2段目のロケット、TRFにつながったともいえるだろう。
仕掛け人は、MAX松浦氏である。
■ バブル崩壊とディスコブームの終焉 バブル崩壊後の90年代初頭の東京は、バブル余韻もあり、そんなに景気が悪かったわけではない。しかしながら、徐々に後退する景気と共に、大型ディスコも徐々に姿を消していく運命となった。
「ジュリアナ・トウキョウ」は、1994年8月をもって閉店。東京のもう一つの雄といわれた「芝浦GOLD」も閉店し、残るは、エイベックスが運営するベルファーレだけという状況になった。
■ ディスコブーム終焉後もエイベックスの躍進は続く ディスコブーム終焉後も、エイベックスの躍進は続いた。小室哲也氏のプロデュースにより、1993年にファーストシングルを出した、TRFなどを、メジャーシーンに送り出すことを成功した。
さらに、MAX松浦氏がプロデュースした「浜崎あゆみ」の躍進により、日本においては、5大レーベルの一角に食い込む位置まで成長した。(2002年度ランキングで、ソニー、ユニバーサルに引き続き、3位。出典:市場占有率2004年度版 日本産業新聞編)
■ 今回の辞任で東京はどう変わるか? まだ、松浦氏が辞任し、その動向が分からない以上、何も分からないが、さまざまな仕掛けをしてきた松浦氏。東京でまた新しいイベントを仕掛けるかもしれない。要期待である。
関連タグ:青山,2004年8月UPコンテンツ
紹介した東京スポットエイベックス本社ビル 東京メトロ銀座線 外苑前駅下車 徒歩5分
|
|
|
|