ユニクロ といえば、東京におけるSPA(自社で製造から販売までを一括して管理するアパレル小売業態:Specialty store retailer of Private label Apparel)の王様。東京において、SPAは原宿・表参道を目指すということもあり、ユニクロ も原宿・表参道に東京の旗艦店ともいえるショップを構えている。今回は、このユニクロをインディケ!したい。■ 起爆剤となった原宿出店 ユニクロ が、広島に第1号店を出したのは、1984年。そこから、広島県、中国地方、西日本、日本全国と、出店を続けてきた。しかし、出店することが、これまで以上に話題を呼んだのは、原宿への出店。1998年のことである。 安売りで有名なSPAがファッションの聖地原宿へ、ということであるが、原宿への出店は、ユニクロのブランドイメージを作る上で、非常に有効な施策であった。■ フリースで国民的ブランドに ユニクロ躍進 の理由は、なんと言ってもフリース。1998年頃からブームになった、このフリースは、ピーク時の2000年には、なんと、1200万枚も販売した。単純計算で、日本国民の10人に1人がフリースを買ったということになる。 このフリースとは、紡毛織物に起毛処理を施したもの、いわゆるフリース処理したものと同じ質感のものを、ポリエステル(化学繊維)で実現した防寒具である。 折り目が見えず、毛が立っているこの素材は、ユニクロが、冬場のカジュアル防寒具として、売り出したことから、国民的な素材に成長し、それにともないユニクロも国民的なブランドに成長した。■ フリースのその後は? しかし、その後の、フリースに続く素材として、発表した、エアテック素材を使ったジャケットが、家庭用洗濯機で洗うと、激しい振動を起こして、洗濯機が故障するという事態が発生した。 ここでのユニクロの対応は、賞賛に値するものであったが、失速につながったのは否めない。また、フリースブーム、いわゆるユニクロ現象になった反動として、ユニクロを運営するファーストリテイリング社の売上は、2001年8月期の4185億円をピークに長い下降線をたどることとなる。 その下降線は、思いのほか長かった。実に、2003年7月までの22ヶ月、前年同月比で、売上が下回るという、ユニクロ暗黒の時代ともいえるだろう。■ ユニクロの次の一手 ちなみに、ユニクロは、SPAということもあり、コンセプトは、誰でも着れるカジュアル。 しかし、いままで、紹介してきた外資系SPA三社(ザラ、ギャップ、NEXT)と大きく違うことは、リーズナブルの意味。ファーストリテイリング社のユニクロは、価格レンジが一番安い。 SPAとしては、価格も大きな勝負となるが、継続的に成長していく為には、ブランドも大事になってくる。その点、ユニクロは、他の外資系SPAに劣っている部分があることは否めない。 結果、ブームで、知名度を確立したものの、確固たるブランドを築けなかったユニクロという敗因が、浮かびあがる。 その点は、ユニクロも十分承知の上か、盛んに他のブランドとコラボレーションをはかり、ブランド力を向上させる、アダプトブランディング戦略を取っている。 例えば、雑誌withとのコラボレーションによる美脚パンツ、スカートや、企業のロゴを掲載したTシャツなど、さまざまコラボレーションなどがそれである。 ユニクロのアダプトブランディング戦略が成功するか、成功しないかの分水点は、どんな企業を巻き込めるかというところ。コラボ先の企業探しが今後のキーとなるだろう。■ ユニクロで買うべきもの ユニクロで買うべきものは、「靴下と部屋着のTシャツ」といっている人が多い。つまり、見えない部分は、ユニクロ!といっているのである。是非、コラボ服を試してほしい。
関連タグ:ユニクロ ,UNIQLO ,SPA ,ファーストリテイリング ,原宿 ,表参道 ,2004年8月UPコンテンツ
紹介した東京スポット JR 原宿駅 徒歩5分
地下鉄 千代田線 明治神宮前駅 徒歩3分
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