|
丸ビル(丸ビルは、愛称。正式には、丸の内ビルディング)は、丸の内をプロデュースする三菱地所が丸の内再生の第一弾として手がけたプロジェクトである。
今回は、この丸ビルをインディケ!
■ 旧丸ビルは東京初のオフィスビル? 旧丸ビルの建設(大正12年竣工)は、東京に新しい価値観をもたらした。それは、近代的なオフィスビルという概念である。
この丸ビルの完成により、丸の内のオフィス集積が始まったといっても過言ではない。
その為、旧丸ビル取り壊しの際には、旧丸ビルを惜しむ声も多く、現在の丸ビルにもその面影が望めるデザインが保存されることとなった。
■ 丸の内再生計画が始動 2002年にオープンした丸ビルを始めとする丸の内再生計画が始動したのにはいくつかの契機があったといわれている。
1つ目は、丸の内のビル全般の老朽化が進み、又、最近のインターネットをはじめとするコンピューターネットワークにビルが対応しきれないこと。
2つ目は、丸の内は計画されたビジネス街であり整然とした町並みを保ってきた一方で、休日には人がいないという、いわばL.A.のダウンタウンのような町になってしまったこと。
3つ目は、東海道新幹線品川駅開業により、東京駅の相対的な重要性が低まっていくことへの危機感、また、三菱グループの中核である、三菱商事・三菱重工が丸の内から品川へ移転してしまい、その危機感がより現実的になっていった。
という大きく分けて3つの流れが体感できる。
これに対応して、三菱地所を中心とした丸の内地権者集団は、最新鋭のオフィスビルを建設し、その中に、高級ブティックをはじめとする商業施設の誘致をするという基本的なコンセプトを打ち出し、丸の内再生計画が始まった。
そして、その第一号が丸ビル建設なのである。このコンセプトは、同じく丸の内再開発である丸の内オアゾやディーン&デルーカが入る日本工業倶楽部会館・三菱信託銀行本店ビルにも活かされている。
■ 丸ビル建設で注目を浴びた特定街区制度 丸ビルの建設時に話題を呼んだのは、その建築デザインより、容積率緩和が実現できる法令「特定街区制度」についてといえよう。
この背景には、三菱地所は、比較的に自前主義のデベロッパーといわれており、著名なデザイナーを採用せずに、社内の設計チームで設計したということもあるかも知れれないが、それを差し引いても、容積率緩和は、都市東京の再生において非常に注目を集めている議題であるということも事実である。
特定街区制度とは、地区の環境整備を進めることを条件に、 ・ 容積率や高さ制限の緩和 ・ 容積率を特定の場所へ寄せること 等を可能にした法令であり、丸ビルの事例では、三菱商事ビル別館との一体開発することにより、1437%という過去最高の容積率が認められることとなったのである。
この法令により、再開発において、容積率緩和という武器を得たと同時に、東京には高いビルに囲まれて、昼間も真っ暗な公共空間が出現することとなったのである。
この特定街区制度(都市計画法)は、建築基準法における総合設計制度(同じく、公開空き地≒オープンスペースを作ることを条件に、容積率の緩和が可能となる)とよく混同される。
この2つは、実現できる内容はほぼ同じという類似点があるが、手続きが違うという異なる点もある。
■ 丸ビルには何があるのか? 丸ビルの1階には、今までの丸の内のイメージと大きく離れたショップが入っている。その一つが、ビームスハウス(BEAMS HOUSE)。東京を代表するセレクトショップであるビームス(BEAM)が、丸の内用に開発した業態である。
この他にも、フランスものを中心としたセレクトショップHPグループの店舗や、デザイン雑貨・家具のセレクトショップであるコンランショップ、ユナイテッドアローズが展開するグリーンンレーベルリラクシングなど、ぐっと若返りが促進できる店舗ばかりである。
是非、インディケ!してほしい。
関連タグ:超高層ビルin東京,丸ビル,大規模商業施設,丸の内,2004年10月UPコンテンツ
紹介した東京スポットJR線、東京メトロ 丸の内線 東京駅下車 徒歩2分
|
|
|
|