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今から20年ほど前の東京で、クールな服をインディケ!したかったら鈴屋に行くことが考えられた。青山ベルコモンズなどをプロデュースし、東京の最先端であった鈴屋。
この高度経済成長期から、80年代のバブル期まで、東京のファッションをリードし続けた鈴屋は、1997年2月に和議申請をし、事実上の倒産となった。
現在では、ベルブードワァなど注目が集まる店舗を運営しているが、最盛期に比べるとかなり規模は縮小した。
今回は、鈴屋と青山ベルコモンズとベルブードワァをインディケ!
■ 革新的だった青山ベルコモンズ 鈴屋はバブル崩壊以前は、最も成功したアパレルチェーンの一つであった。つまり、婦人向け衣料の全国展開を果たした鈴丹、三愛、鈴屋が、成功したアパレルチェーン御三家といわれていた。
その中でも鈴屋は革新的な取り組みを行っていた。注目されるのが青山ベルコモンズの開発。
東京のファッションビル開発を新しいステージに昇華させたこの青山ベルコモンズは、ファッションをキーワードに、文化施設であるカルチャーセンターや、先端的なレストランを回遊性に富んだビル<に織り込んでいた。
70年代に20代だった人々が受けた衝撃は大きいであろう。現在でも青山ベルコモンズは、東京 青山のランドマークである。
鈴屋は、バブル崩壊以降のデフレの時代、ブランド時代に突入するにあたって、そのようなニーズを吸収する商品も、強力ブランドもなく急激な売上げの低下に直面した。
これは、大手アパレルレナウンが直面した事態とにているが、さらに悪かったのが、バブル時代の多角化戦略が裏目に出て、この多角化における資金を金融機関から借りていた為、財務状況が急速に悪化していったと言われている。
■ 多くの人材を輩出した鈴屋とベルブードワァ 鈴屋は多くの人材を輩出したこともでも知られる。
ファッション業界であれば、ファイブフォックスの上田社長などが挙げられる。また、小売業界であれば、ツタヤ(TSUTAYA)でおなじみのカルチャーコンビニエンスクラブの増田社長などが挙げられる。
このように青山ベルコモンズや人材を輩出した鈴屋の21世紀の一手は、強いブランド持ったショップ運営。
その中でも、ベルブードワァが注目だ。攻略の難しい30歳前半をターゲットに含んだ高感度ブランドとして、注目を浴びている。
東京圏のマダムゾーンであるプラーザ東急SCで、ベルブードワァは、売上ランキング(衣料品店舗のみ対象)で、2003年度ランキングで1位となる(株式会社 東急マーチャンダイジング アンド マネージメント発表資料より)など、注目が集まる。
今後の鈴屋に期待したい。
関連タグ:青山,2005年8月UPコンテンツ
紹介した東京スポット東京メトロ 銀座線 外苑前駅 下車 徒歩約2分
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